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手頃な石を探す旅|海谷治彦

海谷治彦
理学部教授・ソフトウェア工学

20年ほど前、成田空港から都内に向かう電車の中で、サラリーマン風の男たちの雑談が聞こえてきた。彼らは老人の趣味について語っており、三段階の形態を述べていたと思うが、内一つは忘れてしまった。彼らによると、忘れた何か(一つ)と盆栽を経て、最終的には「石磨き」に到達するらしい。
そういえば、亡くなった祖父も石磨きをしていたことを思い出した。当時まだ若かった私は、さすがに自分にはまだ早いなと思いつつ、それでも、磨くのに手頃な石を探すのは良いかなと思うようになった。

こうして、手頃な石を探す旅は始まった。

年老いた時に手頃なサイズになっている石が良いと思った。石といえば、やはり、エアーズロックだろう。今は登るのに四十分程度かかる巨石であるが、私が年老いた頃には手頃な大きさになっているだろう。エアーズロックという名前は良い。名付けたのは本人ではないが、エアーズに感謝だな。
現在ではウルルという名前を広く用いようとしているようだが、エアーズロックのほうがはるかに聞き心地がよい。
吟味するには直接ふれるのがよいので、当然登るのであるが、最初以外は割と簡単に登れる。多くの人が登っており、すでにつるつるに磨かれている所も多いが、そうでない場所も多いので、これは手頃な石だと思う。頂上からは、オルガ山も綺麗に見渡せて、目うつりするのだが、まずは、この石を手頃な石の候補としたい。
最近、登るのが禁止されると聞いて、非常に心を痛めた。しかし、私が石磨きを始める頃には、禁止されたことも昔話となっているだろう。なお、マウント・オーガスタスのほうはまだ吟味していない。

日本のエアーズロックと呼ばれる場所は関西方面にあるようだが、私の中では、日本のエアーズロックといえば、知床のオロンコ岩だ。大きさはかなり小さく、5分程度で登れてしまうが、形や気品がエアーズロックに通じるものがある。知床は7年に1回自転車で行くので、頻繁に目にする石といえる。特に斜里から岩尾別方面に向かう道から見るオロンコ岩は雰囲気がエアーズロックそっくりである。この岩は小さいので、私が石磨きを始める頃には消滅しているかもしれない。しかし、もし残っていれば、是非、磨いてみたい逸品である。

メルボルン近郊のジーロングからウォーナンブールにかけてのグレートオーシャンロードは、海に突き立つ岩の宝庫である。これらはどれも巨大だが、海に立っているので、私が石磨きを始める前に削れて無くなってしまうのではないかと心配してしまう。ギブソンステップにある石は、かなりそばまで近寄ることができ、さすがに直接手触りを確認することはできないが、磨けば光るのではないかという期待をもたせてくれる。張家界やモニュメントバレーにも立派な石柱群があり、磨き甲斐がありそうだった。こちらは、海岸沿いでは無いので、侵食の心配は少ないだろう。

海沿いの石には、下が侵食されて石橋風になっているものも多い。前述のグレートオーシャンロードにも、すでに橋が落ちた風になってしまっているが、ロンドンブリッジという石橋があった。マルタにもアズールウィンドウという石橋があった。私が吟味した時にはまだ落ちていなかったが、その後、台風で落ちてしまったらしい。わりと立派な石橋だったので残念でならない。無論、まだ落ちていない橋も多い。たしか、アイスランド南岸にも石橋があった。キプロスのアヤナパにもあったと思う。海岸では無いが、レイクパウエル畔のレインボーブリッジも大きく立派なものだった。これら石橋は、磨くというより、彫刻を施すのが良いなと思ったりする。

カンガルー島のリマーカブルロックは既に風によってかなり磨かれており、とても自然の造形とは思えない。外目は大きくみえるが、わりとあちこち空洞化しており、さらに磨いてしまうと、壊れてしまうかなと心配してしまう。この石も私が磨き始めるまで存在しないかもしれないが、もし、まだ存在したのであれば磨いてみたい。

アイルランド島の北端ジャイアンツ・コーズウェイには六角形の鉛筆のような岩群がある。これは、せいぜい、電柱程度の太さなので、磨くにはちょっと細いが、鉛筆のように削ってみるのも面白いだろう。これに似た岩は、対岸であるアイスランド南岸のヴィークにもある。こちらも大きさはほぼ同じだが本数が少ない。アイスランド西部には、もっと巨大な鉛筆岩があるらしいが、そこまでいく道がかなりの悪路なので吟味を断念した。鉛筆岩を鉛筆風に削るのが、果たして石磨きになるかは疑問だが、一つの可能性として検討したい。

かなり小さい石ではあるが、パフォス郊外にあるアフロディーテ神殿には、人の大きさ程度の黒い石がご神体として置かれている。さわるとご利益があるらしく、すでに、かなり磨かれてしまっているのだが、これはこれで良い石だとは思う。

シグトゥーナの町にいくつかの小ぶりの石が点在している。これらの石はルーン文字が刻まれているのが売りなので、磨いてしまうと、ある意味、価値が無くなってしまうのがきびしい。なんとかルーン文字の刻印を活かした磨き方を考えたいものである。

サラリーマンの雑談を聞いてから20年近くたったがまだ見ていない石も多い。加えて、まだ、盆栽の段階にも進んでいない。そんな中、河原で石を採集する少女が小さい石ほど偉いと語っていたことを思い出した。小さい石ほど長い年月をかけて今の形になったからだという理屈らしい。その意味では、エアーズロックなど、まだまだ駆け出しの石ということだろう。

小さい石にも目を向けつつ、手頃な石を探すための旅をもう少し続けることにしたい。

海谷治彦
理学部教授・ソフトウェア工学

『学問への誘い』は神奈川大学に入学された新入生に向けて、大学と学問の魅力を伝えるために毎年発行しています。

この連載では最新の『学問への誘い 2020』からご紹介していきます。


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