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不安9割、期待1割から始まった大学生活|「親」とのつながり

学生たちには、一人ひとりに大切な「つながり」があり、物語があります。
さまざまな人々と出会い、それぞれの経験を積み重ね、自分らしく輝く学生の姿を追いかけます。

自分を信じてくれる母の言葉に力がわいた

生まれ育った新潟を離れ、家族や友人など知り合いが周りに誰もいない横浜へ。大きく膨らんでいく不安と寂しさ、そして、ほんの少しの期待を胸に迎えた、4年前の引っ越しの日を今でも忘れない。

不安9割、期待1割から始まった大学生活。
あまりに不安が大きすぎて、はじめはホームシックにかかり、母や家族と電話やビデオ通話を繰り返す毎日だった。電話の向こうから聞こえてくる家族やペットの声に、「帰りたい」という思いが募る。月1回は夜行バスで帰省しては、家族と離れる寂しさを抱えながら翌日に横浜へ戻ったものだった。

大学生活も一人暮らしも辛いわけではなかったが、不安は拭い去れない。でも「頑張らなくては」という気持ちも強かった。

―無理はしないで。自分の好きなようにしていいから。

自分を信じてくれる母の言葉に救われた。応援してくれる家族がいる。そう思うと、「また明日から頑張ろう」と力がわいた。

大学生活に慣れてくると、友達もできて、一人ではないと感じられるようになった。大学での勉強も忙しくなり、アルバイトをしたり、友達と会う時間が多くなったり…と、楽しみが少しずつ増えていった。

気がつけば、母にかける電話の回数も減っていった。

大学生活の中で起きた変化、そして成長

手紙

入学から2年後、妹が追いかけるようにして神奈川大学へ進学してきた。
近くに妹がいることの安心感。妹にとってもそれは同じだった。
姉妹で互いに支え合えるようになり、「一人で頑張らなくては」という気持ちは軽くなった。

就職活動が始まり自己分析をするなかで、「自分には何ができるのか。何をしたらいいのだろう」と悩み、迷うことも多くなった。
そんなときには、ゼミの先生や仲間たち、そして就職支援部の職員が支えてくれた。自分でも気づいていない自分の長所や、働くことに対する思いなどを引き出してもらい、前を向いて一歩を踏み出せた。

そして、全国転勤のある会社への就職が決まった。
新潟へ戻る、都内で働く、という選択ももちろんできた。でも、新しい挑戦をしてみたかった。
営業職としていろいろな土地へ行くことで得られるものは多いにちがいない。将来は、人事の部署で女性のための職場づくりなどの問題解決にも携わりたい。そう考えての決断だった。

大学生活を送るなかで、たくさんの人と出会い、いろいろなことに興味を持てるようになった。大きな不安を胸に新潟から出てきた4年前の自分からは思いもつかないような道が、今、目の前には広がっている。

卒業を目前に控えたある日、母に手紙を書いてみた。
この4年間、自分を信じて支えてきてくれた母に、面と向かっては恥ずかしくて口には出せない感謝の気持ちを、改めて伝えてみたくなったからだ。

しばらくして、母から手紙が届いた。
久しぶりに目にする母が書いた文字には温もりがあり、自分の成長を遠くから見守り、喜んでくれている母の思いがこもっていた。

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ありがとうございます。
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