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宇宙エレベーターへの挑戦|江上正

江上正
工学部教授・ロボット制御

宇宙エレベーターをご存じだろうか?

地上から天空の宇宙空間にある静止衛星さらにはその先までテザー(ベルト)を伸ばし、それに沿ってクライマー(自走式昇降機)で昇降するという構想である。

宇宙エレベーターの構想にはいくつかあるが、宇宙エレベーター協会も指針にしているNASAの関係者が提唱している構想を紹介しよう。これによるとテザーに沿ったクライマーの想定速度は新幹線並みであり、地上から約3万6000km上空の静止軌道までほぼ一週間かけて行くことになる。これならば宇宙ロケットの発射時とは違って大きな加速度がかからないので、誰でも特別な訓練をすることなく低コストで宇宙に行けるようになる。

さらにこちらこそが宇宙エレベーターの本質だと考えているが、静止衛星の外側に伸ばしたテザーは地球の自転と同期して猛スピードで回っている(静止軌道上では時速11,100kmにもなる)。そのためこのテザーを宇宙船の発射装置として使えばハンマー投げのように宇宙船を切り離すだけで、地球の遠心力を利用して燃料なしで月や火星などに行くことができる。そしてこれらの衛星や惑星にも宇宙エレベーターを設置することでキャッチボールのようにほとんど燃料なしで行き来もできるようになる。

現在の唯一の宇宙移送手段である宇宙ロケットは「大型トラックで人を一人運ぶ乗り物」でしかなく、重量のほとんどは燃料であり、運べる荷物は非常に少ない。このため将来、惑星探査や資源開発、惑星移住などを考えて多量の物資を運ぶ必要がでてくると、現状の宇宙ロケットではとてつもなく燃費や効率が悪く、宇宙エレベーターのような別の宇宙移送手段が必要となると考えられる。

私は10年ほど前から、この宇宙エレベーターに関する研究および大学内のプロジェクトに関わっている。

きっかけは機械工学科OBが設立した「宇宙エレベーター協会」が、クライマーによる宇宙エレベーターの基礎技術を検証する競技会を開催するにあたり、参加への要請を受けたことである。話を聞いた当初は全くの夢物語だと思ったが、競技会自体は地上付近で行う昇降ロボットと同じものであった。バルーンでテザーを吊り下げ、最初は150mの昇降距離であったが、毎年伸ばして行き2014年には1.2kmの昇降距離で実施されている。

当時からロボット制御を研究テーマにしていたので、最初の数年なら何とかできそうだし、新しい研究の方向性も得られるのではないか、また実際の宇宙エレベーターの開発に多少とも貢献できるかもしれないなどとも考え、参加することにした。宇宙エレベーター自体もいろいろと調べていくと、将来の宇宙開発を考える上でなかなか魅力的な構想ではないかと考えるようになった。

クライマーの製作は、最初は主に研究室として活動していたが、これを見ていた下級生からもやってみたいという声が上がるようになり、大学内の宇宙エレベータープロジェクトとして広まっていった。現在では、この活動は高校生の育成支援にまで及んでいる。

クライマーの機構は極めて単純で、モータと駆動ローラおよびモータを動かすための電源があれば昇降は可能である。しかし、単純な機構であっても技術的に考えなければならない未知の項目は数多くある。想定すらできていなかった課題が次々と降りかかってくる。

そして一度クライマーが上昇を始めたら最後いっさい手だしができない。例えば、ローラとテザーの関係一つを取ってみても、さまざまな現象が発生する。ローラとテザーの間の摩擦は、クライマーの生命線である。当然、空中でローラとテザーの間で摩擦力が足りずに空回り状態となれば、クライマーはテザーに沿って自由落下に近いスピードで落下する。しかし、ローラの押し付けを強くすれば途中でスタックして昇れなくなってしまう。

上昇できたとしてもローラの摩耗が激しく一度の昇降で使えなくなることもしばしばある。ローラとテザーの押し付け方法として未だに最適な方法が見つかっていない。さらに長いテザーはバルーンの運動によりねじれを生じる。風の影響も無視できない。これらはクライマーに想定外の挙動を与える。

では、具体的にどうやって課題を解決すればいいのか。これを考えるのが工学の使命であり、エンジニアとして最も面白いところでもある。
競技会では、外国も含めて他大学の学生や社会人エンジニアなど様々な分野の人間が集まり、夜を徹して議論したり、教えあったりする。こうした中で視野が大きく広がり、新たなコミュニティへの参加につながる。一度はまると卒業後も続けて参加するようになる。このような中で競い合うので、自信につながることもあれば、自分たちの思い通りに進まない状況に力不足を痛感することもある。

しかし、そこからが勝負でもある。立ちはだかる壁を目前にして、それを一気に乗り越えようとするもの、地道に方策を見つめ直すもの、迂回を考えるもの、あきらめるもの……。競技会の場は、また自分の姿勢を映し出す鏡でもある。

本学においては、1.2kmの高度までの往復昇降には成功した。しかし静止軌道までの3万6000kmに比べれば、0.003%の昇降ができたに過ぎない。

宇宙エレベーター協会では、アメリカのブラックロック砂漠に会場を移し、段階的に高度を伸ばして最大30kmまでバルーンを掲揚し、世界各国から参加者を集めた競技会の実施を計画している。強大になる放射線の影響はどうか、ローラの耐久性をどのように見積もればよいか、成層圏域での放熱にどのように対処すべきか、……。

まだまだ我々の挑戦は緒についたばかりである。学生諸君のチャレンジを期待している。

江上正
工学部教授・ロボット制御

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