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じっくりと、かつ軽やかに| 小川淳平

小川 淳平
経済学部准教授・会計学

20数年前の春、私は新しい世界への期待と緊張とともに大学に入学しました。
通学先が地域の男子校から華やかで大きなキャンパスとなり、とにかく自分の居場所を見つけるのに懸命であったように思います。

経済学は、希少な資源の配分を考えます。何かを得ることはほかの何かを諦めることになりえます。大学生になると自分の意思で「時間」を決めることが増えます。高校までのように、毎朝早く家を出なくてもよいかもしれませんし、履修する授業や授業後・週末の過ごし方の自由度も高まります。また、社会人とは異なり、まとまった長期の休みもあります。

他方で、社会に出て働き始めると、お金を払っても「時間」を手にすることは難しくなります。時系列を長くして考えると、我々には自由な時間こそが希少なことに気づきます。なお、大学生になくて社会人にあるのは「お金」ですね。いずれ手に入るのですから、日々の娯楽のために貴重な時間を過小なお金に換えること(アルバイト)はほどほどにしておいたほうがよいでしょう。それでは、その時間を何に使うべきでしょうか。私は「忙しくし過ぎないこと」と「実際に経験すること」をおすすめします。

忙しくし過ぎない

大学生のなかには、授業、勉強、サークル活動、アルバイトなどで、スケジュール表を隙間なく埋めている人もいるでしょう。時間をフルに使うことは良い姿勢ですが、一方で、じっくり考える機会は相対的に少なくなりがちです。

友達と相談などせずに履修する授業を決めて、また皆が無為に過ごしているように映ったサークルの溜り場を敬遠していた私は、学内での限られた選択肢であった図書館によく行っていました。キャンパスの喧騒を離れた場所には黙々と机に向かう同年代の学生が結構いて、その修行僧のような姿がカッコよく見えたりしました。

館内では静かにしていなければなりません。授業に関係する専門書が置いてある棚の前をぶらついて、何冊か選んでは読んでみたり、ぼーっと考え事をしたりしていました。

また、図書館にはあらゆる種類の蔵書があります。一般に配架されているものだけでも相当な量ですが、地下の書庫には普段は目にすることがほとんどない大判の古地図や仏像を集めた写真集などがひっそりと置かれています。狭い階段を下ることに、探検や発掘(?)のような高揚感を覚えました。

高校まであまり本に触れなかった私は、一念発起、本=知識と狭く定義して意識的に読書に取り組みました。専門に関する本や哲学・倫理学などのかたい本、そして小説などのやわらかい本を同時に持ち歩き、気分によって併読していました。それらのすべてが参考になったり面白かったりしたわけではありませんが、なにかを考えるときの引き出しを増やしてくれたように思います。

実際に経験してみる

小説は、ベストセラーからあまり話題にならなかったものまで様々なものを読みました。かねてより歴史に関心があったので、なかでも歴史小説を好んで選びました。

関東で生まれ育ち、中部から西には修学旅行でしか訪れたことがなかったので、本に出てくる地名だけどせいぜい地図で想像するのみ、という漠然とした不満を感じることが増え、時に鬱積します。

そこで、行ってみよう、という展開になるわけです。

夏季や春季の休暇を利用して、まずはJRのみどりの窓口で青春きっぷを買い、(当時は)品川駅からの大垣行き夜行電車に乗り込みます。京都を起点とした福井・金沢などの北陸や萩などの山陰、福岡・熊本・鹿児島などの九州、高知・愛媛・宇和島などの四国をまわりました。

現地では、気候、地形(山が近いか、川は流れているのか、平地か丘陵地かなど)、言葉(方言は実に多様)、食べ物(日本の各地に名物料理あり)などを五感を通して主観的に経験することができます。それらを総合して自分なりの「リアリティ」を形成していきます。

司馬遼太郎の『翔ぶが如く』を読みながら九州に向かったときは、西南の役の最大の激戦地の一つであった田原坂にも足を延ばしました。炎天下、JR鹿児島本線の田原坂駅から大粒の汗を流しつつ、田畑がのどかに広がる台地をのぼった先に(旧)資料館がありました。時勢や戦闘の解説に加え、実際に使用された銃器や潰れた弾丸などが展示されていました。

実際の田原坂は、道幅が狭く、距離も短く、かつ蛇行していました。薩摩軍は台地の上に陣を敷いており、対する政府軍は熊本を目指して丘を登っていくわけです。両軍近距離から大量の弾丸を送りあい、時として白刃で斬り込みをかける。一兵士の目線に立って、当時を勝手に追体験していました。

世界は(いくつになっても)知らないことで満ちています。たとえ断片的であっても、“確からしさ”のかけらを集め続けていきたいものです。

なお、のんびりしていて、かつたくさん旅行をすれば人生が豊かになる、というわけでもありません。

大学生であれば(大学生でなくても)ぜひ目標に向かって懸命に取り組んでもらいたい。その先に将来の進路が待っています。そのうえで、自分を客観的に見つつ、時には軌道修正するような、時間と心の余裕をもってほしいです。

皆さんの心掛けしだいで、人生はさらに輝きを増していくと思うのです。

小川 淳平
経済学部准教授・会計学


『学問への誘い』は神奈川大学に入学された新入生に向けて、大学と学問の魅力を伝えるために毎年発行しています。

この連載では最新の『学問への誘い 2020』からご紹介していきます。



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