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思い込みを脱する|川嶋伸佳

川嶋伸佳
人間科学部准教授・社会心理学

「うーん、やりなおしだね」。

そう言われて絶望したのは、卒論提出まであと数週間に迫ったある日の午後でした。学部生だった私は、卒論のテーマを「血液型性格判断」に設定していました。A、B、O、ABの血液型ごとに性格が異なるという考え方は日本ではほとんど文化として定着しているので、読者の皆さんも一度くらいは耳にしたことがあると思いますが、それ自体に科学的根拠はありません。

授業などで取り上げると、信じていたのにショックだったという声が少なからずあります。これほどまでに浸透し、多くの人に信じられているのは、ざっくり言えば「当たっているように見える」からなのですが、この点については当時すでに多くの研究が存在し、そのメカニズムが明らかとなっていました。

卒論では、まだわかっていないことを解明することが重要です。
私は、それが特定の血液型の人々に対する偏見的な内容を含むことに注目し、その点がどのように理解されているのかを検証することにしました。いやな思いをする人が存在することは、冷静に考えれば誰にでもわかるはず。にもかかわらず、それがなくならずに維持されるのはなぜだろうか。

結論から言うと、血液型性格判断の話題を持ち出す側は「冗談なら問題ない」と考え、一方であてはめられる側もそのあてはめを甘受するという構造が、私の研究からは見えてきました。偏見的な見方をする側とされる側の両方の態度が相互に関連して、それが正当化されるメカニズムが明らかとなったわけです。

実は、現在の私の研究テーマは格差・不平等の正当化メカニズムなのですが、どうも私は「よくない」といわれているものを「まあいいか」と考えてしまう人間の性質に当時から興味があったようです。それを明らかにして認めることが、社会の様々な問題を解決する出発点であるように感じます。

さて、研究の結論はすでに申し上げましたが、ここでお伝えしたいのはそれに至るまでのプロセスとそこでの経験です。私はまず、四種類の血液型の学生をそれぞれ5〜6人募り、一人一人面接を行うことにしました。最初は私の友人に声をかけ、その後はその友人に別の友人を紹介してもらうという方法をとりました(余談ですが、「××型の友人を紹介してほしい」というと、ほとんどの誰かを紹介してもらえました)。

血液型性格判断について知っているか、どんな時に使うかなどを尋ねたあと、頃合いを見て「特定の血液型の人が否定的に評価されている」という事実を伝え、それに対する反応をうかがいました。
次の作業は、録音した面接データを文字に起こすことでした。一人当たり平均して10〜15分程度の面接音声データをMDプレーヤーで少しずつ再生し、面接者(つまり私)と面接対象者を区別しながらパソコンでひたすら文章化します。情報量が多い場合や早口で聞き取りづらい場合などは、一人で数時間かかることもありました。こうしてようやく、分析の準備が整いました。

分析には、KJ法という手法を用いました。手法自体の詳しい説明はここでは省略しますが、具体的にはまず、会話データを意味のある単位に分解し、その一つ一つが印刷された紙切れを準備します。次に、それらを何度も読み返し、よく似た意味内容を集めてグループを作ります。

そうしてできた複数のグループを、意味的つながりを考慮して空間上に配置し、血液型性格判断という現象を取り巻く図を示します。このように書くと簡単に見えるかもしれませんが、KJ法は研究者がこれまで見えていなかったものの可視化、別の言い方をすると、既存の理論や研究者自身の思い込みからは知りえなかったことをデータに語らせることを目指します。そのためには、一つ一つの発言が示す意味を慎重かつ客観的に解釈し、その背後に潜む心理を読み解く必要がありました。

この作業が最大の難関でした。私は大学の一室を数日間まるまる予約し、長机を何台もつなげた広めの作業台を準備し、数百枚ある紙切れを分類し始めました。分析を進めていくと、ついついこれまでの知識や経験から「ああ、これはきっとこういう意味だろう」と推測したくなります。しかし、あくまでデータに語らせる。何度も試行錯誤を繰り返し、ようやく一つの図が完成したのでした。そして、当時研究のアドバイスをいただいていた先輩の研究者の方に見てもらいました。

冒頭の「うーん、やりなおしだね」は、図を少しの間眺めたのち、その方から不意に発せられた一言でした。「これだとあなたが見たいようにしか見ていない」。心の中は落胆と無力感と焦りが濃厚に入り混じった感覚で、しばらくの間、もう日の目を見ることのない努力の結晶をただぼんやり眺めていました。

その後何とか気を取り直し、部屋の予約を数日延長し、再度一から分析しなおしました。もちろん、一回目以上に心を無にしてデータと向き合いました(少なくともそうしたつもりでした)。そして、二度目は何とかOKをもらい、急いで本文を書き上げ、ぎりぎり〆切当日に卒論を提出できたのでした。

学部時代、私はゼミの指導教員からよく「頭が固い」と言われていました。当時は心の中で反発をしていたのですが、それから大学院に進学し、様々な分野の研究者と接するうちに、物事を複数の視点からとらえることの重要性を学びました。ただし、それは大変難しいことで、ちょっと気を抜くと今でもすぐ思い込みに陥ってしまいます。

そんな時は、ようやく理解し始めた自分のどうしようもない頭の固さを再確認すると同時に、「やりなおし」の経験を感謝とともに思い出します。思い込みを脱する修業は、今も継続中です。

川嶋伸佳
人間科学部准教授・社会心理学

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