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大学の講義は役に立つ?|飯塚重善

飯塚重善
経営学部准教授・コミュニケーションデザイン

学生時代の思い出深い講義は、入学直後の微分積分学の初回講義である。担当の教授が教室に入ってくるなり、自己紹介なども無しに板書が始められた。後日わかったのだが、微分積分学に繫がる実数論の初歩「デデキントの切断」の話だったようである。

今だから言えるが、私などは、心底数学が好きで数学科を選んだのではないので、高校の時から大学レベルの数学に挑戦するといった先行的な取り組みもなく、高校数学だけで漠然と〝面白そうだな〟という軽い気持ちで選んでしまった。

よって「デデキントの切断」は、完全に〝ちんぷんかんぷん〟であった。ちなみに私が入学した理学部数学科では、数学の授業は、入学当初から(卒業まで)完全に数学科の学生だけが受講者であった(他大学の数学科も同じだったのかもしれないが)。それで、先生方も容赦なかったのかもしれない。
大学時代の友人と会うと、今でもその初回の微分積分学の話が出る。他のみんなにも同じようにとても印象的なシーンだったようである。結局この教授は授業中、ほとんど学生の方を見ずに板書を続けた。

他の先生方の講義も然り、今と違って、スライドのスクリーン投影などというスタイルの講義はもちろん、レジュメ配布もない。我々にも、黒板の写真を撮るという術は当然無く、すべて書き写していた。中身はほぼ理解できないが、とにかく、ひたすらノートに書き写していた。

私がいた数学科は、入学時点で全三五名。前述のように、数学の授業は数学科の学生だけなので、すぐに顔見知りになり、講義への出席状況もなんとなくわかる。
一年前期はそれなりにみんな出席していたが、その後は段々と減っていった。なかには、〝講義内容は簡単すぎてつまらない〟と、講義に一切顔を出さない強者もいた。

あまりに来ないので心配になり、何人かで彼の下宿を訪ねると、そこには数学の専門書が山積みされていた。どうやら本当に講義がつまらなく感じられ、自分で勉強していたようである。実は彼こそが、同級生の中で、唯一、卒業後に、「大学数学」で〝飯を食っている〟。

ここで、〝飯を食っている〟というやや不躾気味な表現を使ったのは、これにはまた逸話がある。先出の微分積分学担当教授は、とても話しやすく、自宅通学の私は時々、大学までのバスでご一緒すると、雑談をさせてもらうこともあった。まだ入学して間もない頃だが、その教授から、〝大学の数学で飯を食うなら、大学に残るしか無い〟と言われたことを、そのシーンが脳裏に浮かぶほど、今でもよく覚えている(入学したての私が、一種の絶望を感じた瞬間でもあった)。

実際、今でも何年かに一度、同級生数人で集まる機会があるが、誰一人、大学数学を使っていると思われる職には就いていない。同級生の中では、前出の〝彼〟一人だけが、大学レベルの数学で〝飯を食っている〟。言い換えると、大学数学を、直接的に役に立てているのである。

ここで、ようやく本題の「大学の講義は役に立つ?」に入る。これに対する私の答えは“Yes”である。ただしそれは、講義の内容そのものではないかもしれない。それに取り組む姿勢の方こそ、というべきであろう。

「数学は美しい。」といわれ、その意味をようやく理解できるのが「大学数学」ともいわれる。大学数学こそ、数学の本当の醍醐味だとも。恥ずかしながら、大学数学が〝ちんぷんかんぷん〟だったのは、最後まで続いた。よく留年もせず(数学の単位を落とすこともなく)卒業できたものだと思う。卒業後、一九年間、某民間企業に勤めた後、現職に就いたが、その間、当然といってはなんだが、大学数学を直接活用することはなかったと思う。

しかし、間接的というか本質的には非常に役に立っている。というか今の私の思考法の根幹を形成してくれた、と強く感じている。上述のように、大学数学は〝ちんぷんかんぷん〟だったし、実際、先生方も、授業だけで理解できるわけがない、と思っていたらしい。とにかく勉強しなさい、とのことだった。
わからないながらも、ノートやテキストを何度も読み返し、じっくり取り組むことを求められた。すなわち、とにかく大事なのは、〝自分の頭で考え、そして、自分で理解すること〟である。おかげで今の私には、これが染み付いているように思う。

数学の話に戻すと、今の時代、大学数学は直接的には役に立たない、とは言い切れない。

数学は対象の事象を数式に表して解法を導出していくもので、曖昧な理解では先に進むことはできない。きちんと事実を一つひとつ整理し、論理的に解決していく力、いわゆる論理的思考が必要となる。

よく、〝数学を使うようにすれば、論理的思考回路を養成できる〟といわれる。また近年の「数学は数字」と思う人が多いようだが、数学は国語力・論理力と非常に密接な関係にある。近年ではビッグデータの活用・データサイエンティストの育成等が喫緊の課題となり、大学数学の範囲が「役に立つ」ことが知られるようになった。

文系出身者でもデータサイエンスの仕事をしたいと思う人も出てくるだろう。データ分析を本当に理解するためには数学の知識が必要だが、入り口としては、自分でコンピュータを走らせて、データをアップロードして、それを分析することから入り、面白くなったから、じゃあ、少し数学を勉強してみようか、という具合でまずは十分だと思う。もちろん、これは、大学でのさまざまな学問分野に当てはまることである。

とにかく、〝大学での講義は役に立つ(少なくとも、それに向かう真摯な態度は)!〟(後になってジワジワとわかることが多いのだが)。これを信じて、勉学に邁進してほしい。

飯塚重善
経営学部准教授・コミュニケーションデザイン

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