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予期せぬ出会いへの扉|近江美保

近江 美保
法学部教授・国際法

月並みな言い方ですが、入学とは新しい環境との出会いだといえます。
新しい環境といっても、入社や単なる転居と違うのは、入学には、新しい環境で何か新しいことを学ぶという目的があることです。

知らない環境に足を踏み入れることで、緊張したり、わからないことが多くていやだなと思う反面、こういうことを学んで、将来はこういう自分になりたいという期待も入学にはつきものです。
また、入学という扉の先にある新しい環境では、想像もしていなかった予期せぬ経験と出会うこともあると思います。

私は、高校卒業後、4回入学を経験しました。大学への入学、大学院博士前期課程への入学、アメリカの大学院への入学、かなり長いブランクを経てからの大学院博士後期課程への入学(ちなみに、最後に入学した大学院は神大の法学研究科でした)。学部時代の交換留学という留学先への「入学」も含めれば、5回になります。
大学や大学院の授業で学んだことはもちろんですが、思い返してみると、それぞれの入学という扉の先で出会ったものが、現在の私を形作るさまざまなピース(部分)となってきたことがわかります。二つほど例をご紹介しましょう。

ひとつは、少々例外的な「入学」としての交換留学です。日本の大学で国際関係の科目を中心に学んでいた私は、留学先のアメリカの大学でも国際政治などの授業をとろうと張り切っていました。

ところが、学期が始まる前に面談した留学生担当の先生が勧めてくれた科目リストには政治学関係の科目はなく、代わりに「Womenʼs Studies 101」という見たことのない科目が入っていたのです。Womenʼs Studiesは日本語では「女性学」と訳されます。

「いったいどんな授業なのだろう?」と思いながら登録したこの科目では、ひとクラスの学生は10人だけ。10人以上の履修希望者がいた場合には、また別のクラスが作られます。クラスは、10人の学生に先生が一人と大学院生のティーチング・アシスタントが一人という贅沢な構成です。

アメリカ社会の中で教育や仕事などの問題が女性とどうかかわっているのかについて、毎週、指定された資料を事前に読み、授業ではテーマについて先生が講義し、みんなでディスカッションを行います。資料は分量も多く読むだけでも大変なうえに、資料の内容に自分の感想も交えた「ジャーナル(日誌)」を書かなくてはいけないので、読まないわけにはいきません。

少人数でのディスカッションは、発言が得意ではない日本人学生にはうれしくないものですが、他のクラスメートの発言を聞くのが面白く、授業に行くのは楽しみでした。また、毎週ひとりずつ、学生が「自分の人生を語る」という課題もありました。

「大学生の人生に語るべきことなんてあるの?」というのが、私の正直な感想でした。
ところが、それぞれの学生が話し始めてみると、高校を卒業して結婚して家庭に入ったけれど、やはり勉強したくて大学に入ったという人や、子どものころから受けてきた差別について話してくれたアフリカ系の学生もいました。

こうして、私にとってこの科目は、アメリカ社会について学ぶ何よりの機会となったのです。その後、何年も経って大学で教えるようになってから、ジェンダーや女性に焦点を当てて国際法を見るという、現在の私の研究のきっかけはこの授業との出会いにあったのだと、改めてこのときのことを思い出すことが増えました。

なお、最初にアドバイスしてくれた先生のお勧めにはなかった国際政治の授業も、自分で勝手に登録して履修しましたが、アメリカ政治について学んだことのない日本人学生には難しく、散々な成績でした。段階を追って学ぶことの大切さを身をもって知ったという意味では、これもよい経験になりました。

もうひとつの例は、こちらも留学に関するもので恐縮ですが、アメリカのミネソタ大学の大学院に留学した時のことです。

私がアメリカに出発する直前に、湾岸戦争のきっかけとなったイラクによるクウェート侵攻という大きなニュースが飛び込んできました。隣国への武力侵攻という、国際法に違反する行動をとったイラクに対しては、その後、国連安全保障理事会の決議を経て、アメリカ中心の多国籍軍が武力攻撃を行うこととなります。

こうした状況の中で、大学院に一緒に入学し、初日から仲良くなった学生の一人が、入学後間もなくミネソタを去ることになりました。アメリカには、軍隊で訓練を受け、その後も予備役に登録することで、大学の学費を支給されるという制度があります。彼はこの制度を利用して勉強を続けていたのですが、米軍によるイラク攻撃が具体化する中で、前線に送られる可能性が高いといわれていたミネソタの部隊よりも、出身地のワシントン州に戻って召集を待つ方が安全だということでした。

テレビでブッシュ大統領の開戦演説を見たり、他の学生から親戚や知り合いがイラクに派遣されるという話を聞いたりしながら過ごした日々は、湾岸戦争を非常に身近に感じる機会となりました。国際関係や国際法に関心のあった私は、この時期にアメリカに留学したことで、「戦争」というものが、紛争地にいない人々の生活にも様々な影響を及ぼすことを実感することになったのです。

入学という扉を開くことで出会った経験をいつか振り返ったときに、みなさんは何を思い出すでしょうか。たくさんの予期せぬ出会いが、みなさんの人生の大切なピースとなることを祈っています。

近江 美保
法学部教授・国際法

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